おーい!メシまだか〜(まあようするに何をしたか記述して感想をのべるページですね^^;)出口


ほのぼのツアーとは
前々から計画していたN氏とのツアーであります。
だから前々から期待していたし合宿時も北海道のことが頭をはなれなかったのです。
いざ行ってみたら予想以上におもしろかったです。なによりも人との出会いというものが
今までにくらべて格別に多かったということです。
道路ですれ違うライダーから寝床をともにしたチャリダーまでいろいろな人にであいました。
「出会いのツアー」と名づけられますね。


8月20日(晴れ)高崎・・・・・→新潟(輪行)
だるいししんどかった。というのも酔いがひどくてなんとか精神力でカバーしていた
今日からとうとう前から期待していたツアーだというのに、これでは思いやられる。
とにかくこんな状態で自転車をばらし袋にいれるという正常ならばなんともない動作をこの日ばかりは
かなり難しい作業であった。
それが終わり電車のホームにでるときもひどく体が重く。どうしようもなかったのである。
こんなことになるまで何故飲んだのであろうと疑問に思うのだが、その当時はどうしようもない状態に
なっちゃっているのだ。しかも今回は1回生にしてやられたといったのが現状...
夜行列車もこのことばかり思い浮かんでこれからのことなど微塵も思っていなかった。
そんなことを考えているうちにどうやら夜が明けたようだ。しかしなお酔いはさめず
いわゆる二日酔いの状態でありました。でもフェリーの切符が一日ずれたことははっきりいって
不幸中の幸いだといえるだろう。ここで一日の休養があったことは大きい。
新潟観光などもちろんする余裕もなかった。この日の飯は昼はどこかで食べ、夜はうどんだったと思う。
一日のほとんどを信濃川の川辺でくつろいでいた。信濃川は1997年の夏合宿の初日にとまった場所である。
やはりこのことを頭をかけぬけ、当時のことをもう一度思い出してました。
当時もベンチでねました。そして今日もまた同じベンチで....
あのときのお盆の騒がしさはまったくなく、ただ涼しい風が吹きぬけていて
どことなくさみしいかんじがしたものです。N氏とのツアーのことは明日に初めて意識するように
なってきました。


8月21日(曇り) 新潟・・・・・→小樽(フェリー)
どじっちゃいました。それは切符の置き場所をわすれたということです。
実はN氏にあずけていたのですが、何故か忘れていました。このときは少しあせりましたね。
まあそれも一瞬であったのでちょっとしたこぼれ話ですんだのでしょうが、本当になかったら大問題ですよ。
船の中での印象といえるものはとくにありません。観光ブックなどを読んで、北海道についてずっと考えてましたから
あまり印象にのこっていないというのが感想です。N氏ともあまり部屋にもどらなかったらしく
ほとんど会いませんでした。夜は展望所で寝ていたらしいです。ちなみに僕はロビーで...


8月22日(曇り)小樽・・・・・→摩周(輪行)
早朝についた。しかもゆっくりしていられない。それは始発にのらないと目的地までつけないのだ。
それほどまで長旅なのである。しかしながら乗り換えは札幌、滝川、釧路だけという。
本当に北海道の鉄道は一区間が長いというかなんというか。とくに滝川、釧路間がもっともながかったのです。
しかも1車両だけの超ローカル。本当にだるい電車旅でした。
主要駅には長く滞在するのでその間、駅のスタンプなどを押しにいったりしました。
あの富良野駅や帯広...芽室などの駅も久々に見れたので「おお〜」と思ったのです。
北海道の電車の旅は本当にいいものですよ。僕の場合これが初めてでありますので
感動は一際おおきかったです。やはり雄大ですよ。
しかしながら夕方ごろよりどうも天候がくずれてきたのだ。雨というか霧がどんどんひどくなってきて
釧路についたころにはものすごい霧がでていた。電車なども1時間遅れたりしていたのでその霧のすごさは
その状況により把握できた。
当時、緑駅というおそらく周りが森の中にあるような駅にとまる予定であったがN氏に変更してもらった。
というのは合宿の霧の件もあり大変まいっていたため霧はもうこりごり、しかも森の中なんて
ほとんどゲリラ状態と半分ノイローゼ状態におかれていたのであります。電車の長旅で疲れてましたし。
結局、その緑駅から2駅となりの少し集落がある摩周駅にとまることにしました。
でもやはり霧はひどく扉峠なみの霧がかかっていてかなり不気味でした。
N氏とそのとき思ったこととは「ここは本当に北海道?信州の延長ではないか」と...
そう思えるほどこの場所はあやしい場所だったのです。
人気もなかったし不気味でありました。信州のあのときと同じような不気味さだったでしょう。
この日は何もすることはなかったので、駅員さんに許可をえてここで寝ることにしました。
駅員さんは親切でおすすめの場所をおしえてくれました。


8月23日(晴れ)摩周→摩周湖→(国道243号)→標茶町→中標津町
ねむいのにおこされた。早朝よりN氏が摩周湖をみようとやるき満々なのである。
このやる気が合宿中にあればなぁとか思いましたが...体調はあまりよくなかった。
そして昨日の霧はふもとでさえコレなのでましては摩周湖なんて見れないであろうと僕自身は半分
あきらめてました。山をのぼるときもはきはき登るN氏を尻目にゆっくりと駆け上がっていきました。
ここでようやく北海道を感じはじめたのである。まず一つはライダーで、いつも通りすがりには
気持ちよくてをふってくれるのだ。そしてこのまっすぐな道。これも北海道にしかないものである。
しかし坂であったのでだんだんとばててきて途中からゆっくりと押して歩いていました。
ようやくパーキングが見えてきてN氏にであった。N氏は景色が良いといっているようなので
とりあえず行ってみたら、これ以上はないであろうといわんばかりの摩周湖の景色が広がっていたのである。
昨日があんな霧になっていたなんてとてもおもえないほどであった。というのも霧一つないのである。
パンフレット等にある摩周湖よりももっとすごい摩周湖であった。
ここまで登るのは疲れたがそれを補ってありあまるくらいの雄大な景色であったので大変満足しました。
昼あたりから中標津の方面へ目指して走り、夕方ごろに中標津についたと思う。
ちょうどホクレンがあったので行った。旗を入手したときはようやくてにいれたという実感がわいた。
去年はガソリンを必要としなかったため旗を入手することはできなかったのである。
 ところでこの中標津であるが、ムツゴロウ動物王国でよく知られる場所ですが、かなり雄大な土地といえます。
おそらくこのあたりは北海道の中でも広大さは群をぬいているでしょう。北海道へ行く機会があれば行ってみるとよいです。
さて、夕方ごろになって天気が思わしくなくなってきまして、終いには雨までふってきちゃいました。
当初はライダーのメッカである開翁台(こんな字だっけ?)に行く予定だったのですが、これではせっかくの景色も意味なしと思い
別の場所に行くことにしたわけです。そのキャンプ場は緑ヶ丘森林公園林間キャンプ場だった。(長い)。
このキャンプ場ですが、まず林の中にあるのでカが沢山いすぎ!!これはこまりました。
おかげで虫さされがたくさんでき最悪でした。しかも夜中はどしゃ降りの大雨が.....


8月24日(曇り)中標津町→標津町
天気はあまりよくなかった。N氏と話し合い。もしも天気がよくなったら今夜はかいおう台に行くということになった。
昼間はやや天候は回復したように思えるが、とても青空はみえそうにないので、昼過ぎにあきらめました。
2時ごろようやく出発し、もちろんのごとくこの日はほとんど走らなかった。
途中、サーモンパークなるところで一服したが、中にははいらず売店などで一服した。
結局、小雨がぱらつくいまいちの天気で気温も低く一日中ゴアランでした...
比較的早く目的地であるポー川史跡自然公園キャンプ場につきました。
というか中を見たら少しギャグ入ってました。というのもこんなにたくさん敷地がありながら
テントをはっていいのはトイレ付近の4畳半くらいの敷地だけというのだ。
なんでこんなにせまいねん!!って感じそして何故トイレ前?とつっこみたくなった。
おそらく今までさまざまなキャンプ場を見てきたが、これほど特殊なキャンプ場はないであろう。
その他、このキャンプ場には博物館なるものが隣接しており、その中身はこの日は時間の都合で拝見できなかったが
大変興味深いものであった。内容においては後日解説するとしよう。
それにしても他はだれもテントを張っていない....しかもせまいし、なんかむなしかった。


8月25日(曇り)標津町→(国道335号)→羅臼町
午前中はキャンプ場付属博物館があいていたので見学しました。
まずは北海道の明治初期につかわれていたという小学校の復元博物館でした。中は本当に当時の小学校を
彷彿とさせる感じで大変よかったです。机や教卓はもちろんのことノートや壁の習字の作品など
細かい部分もあり大変見学のしがいがあったと思います。また感想を述べるノートが置いてあったので一言..
「あっそ!それで? N」と勝手にN氏の名前で書いておいた。次に見学したのは当時使われていた農家です。
こちらもなかなか細かいところまで設置されているのだ!
食器とかもあったんですよ、本当にすごいです。感想を述べるノートがあったので一言「今日からここは俺の家や N」
そして農家の小屋も見たし電信機の歴史の博物館も見学した。そして最後に領土博物館なるものを見学した。
ここには北海道の歴史などが詳しく紹介されており大変勉強になりました。
中でも印象的なのがでっかいクマの剥製でこちらはおそらく2Mくらいあったと思います。
でもこれから危険地帯に行くのにこんなの見せられたらね〜ちょっとこまりもんですよ。
ノートに一言「あの剥製は俺が採った N」。さてこんな冗談はさておきそのN氏が呼んでいるので
そろそろ出発しないとね.....
途中、展望かくにて国後島を見た。少し遠めだったのでうっすらとしか見えなかったが眺めはよかったですよ。
それから一服しようと試みたが、N氏が自販機とかがあるところが良いと言うので仕方なしに休憩無しで
走ることになった。というかあったんですけどN氏のいいなりにばかりなるのは酷っすからね〜
30Kmノンストップで昼の予定場所までついちゃったのです。
案の定N氏はバテバテになっていたようです。途中ちょっとした峠がありましたから....
さて..午後ですがまずはおそらく今年に新設されたと思われる道の駅「羅臼」にて一服しました。
ここで見る国後島は先ほど見たものよりも断然よく見えました。写真をとったのですが
うまく写ったかどうか...少し遠いかもしれません。
そして次にウトロ方面に続く知床横断道路にさしかかり若干登りが続いた。
途中で、羅臼ビジターセンターを見学した。まあここはタダですからなかなか楽しめました。
ビデオ上映もありましたし...そしてまた登りがしばらく続いて目標地のキャンプ場までけっこうつかれました。
....が重大なこと発見!!ビジターセンターにランリュック忘れる!!急いでもどってまた
登りをよいしょよいしょと登るはめになっちゃいました....精神的にかなりダメージ!!
さてこのキャンプ場には近くに「熊の湯」という名物の露天風呂があるのだがどういったものか
見たところなんか硫黄くさいのが最初の印象でしたね。そして湯ですが一言で熱すぎます!!
こんなんはオカモト氏専用としかいいようがないほどのものでした。ちなみにオカモト氏とは
前回、九州編でツアーした者ですが、指宿の砂風呂にて制限15分のところを30分ほど
入っていたと言う超人です。おそらく一般人は死ぬでしょう。
そして風呂上がりしばらくして重大なこと発見!!時計置いてきた〜!!
んで見に行ったけどない....これで時間がわかりませんオーマイガー
N氏がラジオをもっていたのでそれで時間を知ると言う最悪なハメにおちいってしまったのですが
本当に忘れものが多いです..反省しなければなりません。
んで、キャンプ場ですが知床国立公園羅臼温泉野営場というかっこう有名な場所であったためか
常連の方もたくさんいたようだ。その常連さんからじゃがいもやトウモロコシをもらったので
大変いいかんじでありました。ここで晩飯でありますが、合宿で結局おこなわれなかったシチューを
ためすことに..今回のツアーは普段やらないものをやっていこうという思いがありましたので
やってみたわけです。んでその味はというと全然ゲテものでないです。というか
むしろ普通すぎるというか、とにかくグラタンのようなものですね。
全然食べられます。というか食に鈍感なキャンプ生活者が言うことなので一般からみれば
どのような答えが帰ってくるかわからないのですが....
夜は遅いので早めに寝ることにしました。それにしてもこのキャンプ場の雰囲気...
人がある程度いるからいいものをいかにも熊がでそうな雰囲気...
近くに登山道みたいな怪しい道があったのですがだれが行くのでしょうかあんなとこ..
自殺行為ですよホントに....


8月26日(曇り)羅臼町→(国道334)→斜里町
今日は、ツアー中最大の山場である知床峠をのぼらねばなるまい。
知床といえば熊が出没する危険地帯ということもありまして大変用心して走らなければならないので
テープをながしながらペアランすることにしました。
坂についてはそんなに急ではなかったのですが、霧がかなり深く、登るたびに濃くなっていき
しまいにはなにも見えない状態におちいっちゃいました。
途中やたら遅いチャリダー(しかも荷物つんでない)を見かけたので声をかけて追い抜いた以外は
ほとんど何もなかったような気がする。とにかくけっこう長い時間を走っていたようにおもえた。
頂上の知床峠では普段は羅臼岳が見えるのであるが霧だらけで10m先も見えない状態であった。
夏とは思えない寒さであったので上着をきて下ることにした。それでもけっこう寒かった。
さて下る途中にパーキングがあったのでそこで一服し、北海道名物のひぐまの帽子でも買いました。
しかしその帽子が「メイドインタイワン」だと知るのは帰ってからになるのですが...
とにかく下りの景色もなかなかのもんでしたよ。とまって写真でもとりたかったですね。
さて下りきると早速ウトロの街が見えてきた。ここはもうはっきりいって観光地〜ですね。
まわりは土産物屋しか見つからないし...オロンコ岩を少し見てからウトロにて食堂で
飯を食べることにした。ここは少し豪勢にいくら丼(1200円)を食べることにした。
ここは旅行パンフレットに書いてあって以前から行こうと思っていたところであります。
当初は入るか少しまよったんですよ。なんかあやしい路地にあるのであやしかったです。
味はさすが本場なのでたっぷりいくらがのっていました。元からいくらは好物であったので
大変たのしませていただきました。んで店をでた....すると店員から一言
「もしもし〜お客さん〜。かばん忘れてますよ〜」と。またわすれました(^^;
いいかげんにしろ!!とつっこみたくなるでしょうが、まあご勘弁を。
さてしばらく走りますと「三重の滝」が見えてきたのでいっぷくした。
感想はチャチですなぁ。もっと雄大じゃないと滝といえないです。しかし
もう一つの滝である「オシンコシンの滝」の方はさすがにパンフなどで紹介されるだけあって
美しい滝でありました。みずしぶきがすごいですね。
今日はどうやら初の駅寝であるがさて...吉とでるか凶とでるか..
結果は大吉でした。というのも駅の側に屋根つきの駐車場(?)みたいなのがあって
丁度、6畳くらいの広さでした。晩飯はニュウメンと焼き肉...なんとも不思議な
組み合わせ。しかもニュウメン大量すぎ(4人前くらいあるんじゃないの?)
完全にノルマと化しました。しかも焼き肉はコフェルで行ったため、油汚れがひどすぎて
なかなかとれないー。てなわけで明日洗うことに...あーあー僕があらうんだろうなぁ
洗い係だし...


8月27日(晴れ)斜里町→(国道334)→網走市
午前中までに到着してしまおうというので、おそらく早めにでたと思う。
天候も良好であったので、ペースも速めであった。N氏が送れ出した事にもとくに気にしなかったし
とにかく自分のペースで走っていました。
小清水原生花園は最寄りの駅があったのでそこでいっぷくしました。その駅はどうやら観光地であるらしく
駅に売店などが併設されていた。観光バスもとまっていたので、完全に観光地といった雰囲気でしたね。
でも残念なのはその原生花園はおそらく7月くらいがピークらしく、花がチラホラ咲いている程度であった。
しかしながら、景色がその穴を埋めるように輝いていたので十分シャッターチャンスありといえました。
このあたりはけっこう景色はよく、ゆったりとしたペースで走っていたと思う。
そして原生花園地帯をすぎた瞬間にまたハイペースと化し、N氏が離れて行くのを尻目に飛ばしつづけた。
 ほとんど無意識であったため網走市につくまでノンストップであった。
N氏とはそれほど差はなかったので、う〜ん案外差がなかったなぁとしょうもないことを考えながら。
早速、網走駅にて昼食を軽くすませたのち、観光タイムへ.....
まずは網走監獄ですが、駅で割引券を入手したのでけっこうやすくなるはずだ。そして
学割もきくはずだからと思い券を購入しようと思ったら「学生証」を見せるとのこと。
そんなもんサイドバックの奥だよ〜と嘆きながらなんとか探し当てた。
さて感想ですが予想以上に広いし多いし、僕は一つ一つ見ていったんですが、
1時間半くらいはかかったと思う。とにかく監獄の歴史等が大変くわしくかかれているのだ
中でも興味がわいたのが脱獄についての内容であった。受刑者もよくこんなこと考えるなぁと関心しました。
 外にでるとき自分の脱獄証なるものを買わされる(?)のだが自分の写真はまったく確認しないままでた。
これは入り口にはいったときにいきなり前触れもなく写真をとられるのですが、そのときの写真を
つかっている。うーんなかなか商売上手?みたいに思った。でも高いですよ〜はっきりいって。
1000円なんて、オバサンしかかわないでしょ。
次に「オホーツク流氷館」ですが、本当によかった。何が?というとあの流氷体験ゾーンですよ。
がんばってあの坂を登って登って、バテて暑い〜な状態なときにあのゾーンに入った時の涼しさは
もう天国でしたよ〜。上着が容易されたけどそんなもんいらーんといった感じで半袖で−20度ゾーンへ。
汗がすっかりおさまりました。
 実はこの流氷館があるところが天都山であったらしい。流氷館の屋上が展望台になっていた。
そこで360°の網走の展望を見た。網走湖なども見えたので最高であった。
さて時間もあまりないので網走湖畔にむけてさっそうと下る事にしましょう。
夕日を眺めながら下り。網走湖畔の呼人浦キャンプ場についた。印象は最高であったが
やはり湖畔だけあってカがいっぱいむらがっていた...もうゴアを着るしかなかった...
ただし湖畔から見る夕日は美しかった。夕日をバックに写真をとったほどだ。
メシを食うときもカがいっぱいいて大変うっとおしかった!!
さて一段落してホテルの風呂にでも入りに行こうと思う。さてこのホテルはけっこう高そうであった
ついでにコインランドリーにて洗濯をすることとなったのでN氏に洗剤を借りて洗った。
その後、謎の事件がおきた。何者かわからないが勝手に身に覚えのない洗濯物が入っていたのだ。
「なんだこれは!」半分不機嫌になった。あらっている間にだれかしらないが勝手にいれたのだ。
無料でだれかあらおうとする陰謀だな。と思いすてた。
だが、あとでこれはN氏のものだと判明したのはN氏の言葉を聞いてからであった。
しかもN氏は逆ギレ状態なので、あえていつのまにか消えたことにしてごまかした。
だって知らんじゃん。N氏がかってに僕の洗濯しているところに無断でいれたんだから...
 しかしこの問題はさらなる発展をつげた。洗濯物を乾かしたのはいいがどうやら多かったのか
乾燥機が悪いのかわからないが、渇きがいまいちであったのだ。仕方ないから
洗濯物をとりあえずだすことにしたのだが、またしてもN氏の謎の激怒。
「なにやっとんねん。乾いてへんやん」と口をパクパクさせながら言ってきた。
これはつきあってられんと腹をくくって帰りました。
どうやらN氏は今度は自分の金で乾燥機で乾かすようなのですが.....
 帰って一人テントで少し有意義な気分を味わった。そしてあんにんドウフなどを
たべながら「いいフリータイムだ」といいながら、ゆっくりと寝ました。
N氏はそれから一時間くらいにかえったことでしょう。


こうは〜んへつづく!(ちびまる子のナレーション風に)